義祖母の葬儀で熊本へ。
飛行機から見る熊本の街には、ブルーシートを掛けた家が点在し地震の爪痕が見られました。
まだまだ震災復興への道のりは遠いようです。
この数年、ヨガ哲学や仏教の考えを学ぶ中で、自分の「死生観」というものに少しずつ変化がありました。
私たちは生まれた時からずっと、死に向かって生きている。
生きながら、少しずつ死んでゆき、また新しい生に向かう。
生は死の一部、死は生の一部。
生きることは死ぬこと、死ぬことは生きること。
どちらが良い・悪いというものではなく、ただ巡るだけ。
…そんな風に思うと、死者を送る儀式も、美しいもの・温かいものと感じられるようになりました。
ありがとう。
いってらっしゃい。
またお逢いしましょう。
Peace.